国土を巡る血脈

こうして二千年をかけて営々と築かれてきたわが国の水路網。それは人体の仕組みとまったく同じです。心臓から流れ出た血液は大動脈を通り、頭、手足といった身体の各部位へ供給され、それぞれの部位からいくつもの枝分かれを繰り返して全身の毛細血管へと運ばれます。手足の血脈が途絶えれば、その部分は壊死してしまいます。
生きた土地を造る ―― それは人体の仕組みと同様、安定した水量、健全な水質、健全な水利システムがあって初めて可能になるのです。
さらに水路によって造られた水田は、食料を供給する他にも国土において様々かつ計り知れない機能を果たしています。

水田は大きなダム

水田のアゼは30センチほどの高さがあります。したがって1時間に100ミリという豪雨が降っても雨は水田に溜まったまま。水田はダムのように洪水を防ぐ機能を持っています。
水田の総面積は約260万ha。そのうち低平地の水田を除いた約200万haの有効貯水量は43億㎥。
また、畑の総貯水量は全国で8億㎥。合計51億㎥の有効貯水量がある計算になります(ちなみに多目的ダム、治水ダムの全洪水調節容量は38.7億㎥〈平成8年〉)。

琵琶湖40個分の湿地帯

水田は、いわば湿地帯の役割を果たしています。湿地帯は水と土と空気が接するところ。したがって、魚や水生動物、昆虫、鳥など様々な生き物が集まってくる場であり、最も豊かな食物連鎖の場ともなっています。農林水産省と環境省が行なった調査では、水田や用水には絶滅危惧種を含む72種の淡水魚が確認されています。
日本の水田の総面積は約260万ha。これは、琵琶湖(約670k㎡)の約40倍という広さ。日本の国土には、琵琶湖40個分に相当する湿地帯があるということになります。

地下水の涵養

水田は大量の水を貯えているので、地下に浸透し日本の地下水の約二割を生み出しています。また、水田は、ろ過する機能や水の殺菌作用により地下水の水質浄化にも大きな役割を果たしています。
熊本県白川上流の水田は一日約100万㎥の地下水を涵養、下流で湧き出して熊本市民約90万人の飲用水や生活用水となっています。

水質浄化

ヨーロッパでは、国土の窒素による汚染が深刻化しており、EUでは各国に対して基準値を設けて農地への窒素の投入を制限しています。
窒素が多くなると湖や沼、海などの水質が悪化。また、窒素肥料や家畜の糞尿が地下水に浸透すると、硝酸性窒素などが生成されて、地下水は飲用に適さなくなります。
日本の地下水がそれほど汚染されていないのは、水田の脱窒効果と考えられています。水田にいる微生物には、窒素を環境に無害な窒素ガスに戻す作用(脱窒効果)が認められており、「定量化は難しいが、水田の脱窒作用が日本の浄化にかなり役立っているのは間違いない(田淵俊雄・元東大教授)」(朝日新聞アジアネットワークの記事)と言われています。

空気の浄化

水田には水質の浄化だけでなく、亜硫酸ガス(SO2)や二酸化窒素(NO2)などの有毒ガスを吸収する働きも認められています。
大気汚染学会の調査では、全国の水田のSO2吸収量は年間約25,000トン。NO2吸収量は年間約35,000トンになります。また、畑のSO2吸収量は年間24,500トン。NO2吸収量は年間34,400トンと試算されています。

気温の低下

都市ではアスファルト舗装、ビルの熱、冷房の排気熱、車の排気熱などによって気温が上昇します。これに対して、郊外は緑も多く、自然の土が残されている面積も多くなるので気温は下がります。特に、水田や湖は、水の気化熱により周辺を涼しくする効果を持っています。
水田の夏における気温低下能力は平均1.3度と試算されています。

バイオ燃料の宝庫

現在、石油に代わるエネルギーとして、農地から収穫されるバイオエタノールに世界中の熱い注目が集まっています。
石油等の化石燃料と異なって永続的な生産が可能であり、CO2を増加させないクリーンなエネルギー。欧米では早くからバイオ燃料に取り組んでおり、年々シェアを高めています。
また、サツマイモやキビからプラスチックを作る技術はすでに実用化されており、自動車メーカーでは、サツマイモ、ケナフ、稲などから自動車部品を作る計画のもとに品種の開発や栽培に取り組んでいます。農村はバイオマス・エネルギーの宝庫であり、エネルギー問題や環境問題の分野でも無限の可能性を秘めているのです。

40万kmに及ぶ国土の血脈が滞ればこれらの働きも衰え、国の基礎体力も衰弱していきます。

ところで、この壮大な水利システムにおいて、人間の心臓にあたる部位は何でしょうか?……それはダムでも湖でもありません。
あらゆる川は山から流れ出ます。山は自然が造った最大の貯水池。日本という国土が生きていられるのも山のおかげなのです。