梁成って五穀蕃る

前章で日本の農村や水利資産の危機について述べました。世界的な水飢饉の時代にもあと20年前後と迫っています。といってわが国の財政赤字は膨大に膨れ上がり、もう高度経済成長期のようなインフラへの投資は望めません。私たちはどうすれば良いのでしょうか?
梁成って五穀蕃る ―― 梁とは川の水を塞き止める堰のこと。水利施設があって初めて豊作が望めるという意味です。繰り返しになりますが、40万kmの水路と水利施設は国民共有のかけがえのない資産です。ここでは、ストックマネジメントという管理手法についてまとめてみます。

ストックマネジメント

新車も数年乗っていると故障したり事故にあったりします。あまり修理費がかさむようなら買い換えようかと悩みます。この買い換えるかどうかの判断は流行の変化、新製品の登場、耐用年数、修理費、あるいは持ち主の経済状態、必要度など様々な要素が関係し、私たちは無意識のうちにストックマネジメント的思考をしています。
ストックマネジメントとは、インフラを資産としてとらえ、長期的な視点からその価値を保全・向上する手法のことで、金融で言うアセットマネジメントをインフラ資産にも適用していこうとするものです。日本のインフラの多くは高度経済成長期に造られたため老朽化が進んでおり、これらの集中的な更新(造り替え)は大きな課題となっています。これまで公共物はメンテナンスの限界が来れば、更新してきました。しかし今後は既存の設備をどう整備していくか、いかに管理費用を低減するかというストックマネジメント的手法が重要なテーマとなってきたというわけです。

自治体のジレンマ

営事業などで造成されてきた基幹的な農業水利施設は、ダム1,022ヶ所、頭首工3,011ヶ所、用排水機場2,508ヶ所、幹線水路約4万km(支線含め約40万km)。これらの資産総額は約25兆円(再建ベース)と試算されています。
こうした水利施設は都会の住人には無縁に思えるかも知れませんが、施設の恩恵は農産物の品質や価格によって等しく国民の食生活に還元されています。また前述したように、国土保全も含めた様々な外部経済的機能を発揮しており、わが国の生存基盤とも言えます。しかし、この国民共有の資産も管理・補修費用は農家の負担です。更新する場合も農家や地元自治体の費用分担があります。地方経済や財政が悪化する中、老朽化が進んでも、大きな予算がいる更新事業にはおいそれと踏みきるわけにもいかない。といってこのままでは農家の維持管理費は膨れ上がり、ますます農業経営は苦しくなる。
現在、多くの地方自治体が直面しているジレンマです。

治療よりも予防

一般的にインフラ資産のストックマネジメントは、定期的な診断に基づいて以下のことを行います。
1.低下した機能を回復させる
2.機能低下の原因となるリスク を消滅させる
3.新たな機能が必要であれば改修を行う
つまり、決定的なダメージにいたる前に、早期発見・部分補修などによって施設の長寿化を図る手法。治療医学よりも予防医学に近い考え方です。

住民の主体的参加が不可欠

水路などの農業インフラを守り活用していくことは、行政がストックマネジメントを行うだけで達成されるわけではありません。補修が必要なダメージに対処する以前に、日常の維持管理がしっかりしている必要があります。しかし、それを農家だけに頼るのは無理があります。水路が何kmにも及ぶため、大勢の人間の協力が必要となります。つまり、常日頃から農家以外の住民も水利施設に親しみ、簡単な点検や老朽した箇所の発見など、地域住民が主体的に参加すること。
そうなれば水路へのゴミの不法投棄も減り、安全柵などの設置も不要になります。こうした住民活動が施設管理や長寿化に最も大きな効果をもたらすことになるのです。
そのためには水路の役割を正しく理解し、住民ぐるみで地域資産として活用していくといった活動が不可欠となります。

地域資産としての活用

地域住民にとってのストックマネジメント活動は、以下のようになります。
1.水路資産の機能を効率的に守る
2.水路を活用して地域づくりに生かす
3.更新等の際にはプラスの価値を生み出す(魚道や石積み水路など環境や景観への配慮)
造る時代から活かす時代へ ――この大きな変化に乗り切れるかどうかが20年後の地域の明暗を分けることになるでしょう。