利沢万世

急峻な国土に加え、洪水と渇水を繰り返すアジア・モンスーン気候。せっかく降った雨もあっという間に海へ流れ出てしまいます。 日本では古くから水を「水神様」として崇めてきました。「禊」「水垢離」「水に流す」「水くさい」「水を向ける」「水をさす」「水いらず」……、日本語には水に関する言い回しが多く、外国語に訳せない言葉もたくさんあります。これは、日本人がいかに水と親しみ、崇め、また怖れて暮らしてきたかを物語っています民俗学者柳田国男は、水をめぐる社会のキメの細かさは世界に類がないと称えています。

ビクトル・ユーゴの嘆き

文豪ビクトル・ユーゴは『レ・ミゼラブル(第五部)』の中で、パリの下水道の痛烈な批判を行っています。「科学は長い探求の末、今日では、肥料のうちで最も養分の多い、最も有効なのは人肥であると知った。恥ずかしいことだが、中国人は我々より先にそれを知っていた。」そして、フランスが巨額の富を海に流していること、ローマの幾つかの都市が下水道で滅びたこと等を長々と挙げ、「土地は痩せ、水は汚染する。飢えが田畑から生じ、病気が川から生じる」と断じています。

マロンの報告

明治維新の直前に来日したドイツの農業経済学者マロンは、日本農業を次のように評価しています。「日本は(中略)直接、人糞尿を農地に還元し、したがってヨーロッパのように人糞尿を川や海に流して環境を汚染したり、貴重な肥料を無駄にしたりという馬鹿げたことはない。(中略)ヨーロッパの農業技術は見せかけだけの偽りの技術であり、日本のは真実の実際的な技術である。日本農業では物質の循環が見事に完結し、数千年にわたって地力の減耗はまったく見られない。(中略)自然力の完結した循環の壮大な図式が成り立ち、連鎖のどの環も脱け落ちることなく次々と手をとりあっている。」(「プロシア王国調査団の調査報告」)

モースの考察

大森貝塚の発見者として有名な米国植物学者モースは、東京の死亡率の低さに驚き、こう述べています。「アメリカで不完全な便所や排水に起因するとされている病気の種類は、日本には無いか、あっても非常に希であるらしい。これはすべての排出物が都市から人の手によって運び出され、農地に肥料として利用されているからだろう。アメリカではその下水が川や海に流入して水を汚し、水生生物も殺し、悪臭で人々を悩ませる。日本ではこれを大切に保存し、土壌を富ますために役立てる。」(『日本その日その日』)

外国人の驚き

幕末から明治にかけて日本を訪れた外国人は日本の風景や町並みの美しさに驚き、日本の水土に関する多くの著述を残しています。
近代旅行業の創始者であるトマス・クックも明治五年に訪日、「豊かな自然の恵み、次々に移り変わって終わることを知らない景観の美しさに呆然」とし、日本を「理想郷」とまで称えて世界中に宣伝しました。

「まったくエデンの園である。(中略)。実り豊かに微笑する大地であり、アジアのアルカディア(桃源郷)である。」(旅行家イザベラ・バード)

「もし花を愛する国民が人間の文化水準の高さを物語っているなら、日本はイギリスより遥かに上である。(中略)樹木で縁取られた静かな道や常緑樹の生垣などの美しさは、世界のどの都市も及ばないだろう」(園芸学者R・フォーチュン) 

「(江戸を評して)ヨーロッパには、これに匹敵するほどの美しさを誇りうる都市はない」(幕末の日本総領事R・オールコック)

「もし文明という言葉が、物質文明を指すなら、日本は極めて文明化されていると言わざるを得ない。何故なら日本は蒸気機関を使わずに達することのできる最高度の完成に達している。教育もヨーロッパを上回っている。」(トロイアを発掘したH・シュリーマン)

水土里(みどり)の資源を次世代に

いま、私たちの社会は、これまで経験したことのない規模での大変革を迫られています。大気、水、生態系などの劣化は地球規模で急激に進行しつつあり、もはや大量生産・大量消費・大量廃棄を基軸とする現代の経済システムは、このままでは永続できないことが明らかになってきました。
かつての日本は紛れもなく「自然力の完結した循環の壮大な図式」を形成していました。それは弥生時代より二千年をかけて先人が営々と造りあげてきた世界に誇るべき資産でした。

それを取り戻す私たちの活動はまだ始まったばかり。しかし、これら各地での地域活動が大きな社会の流れとなれば、日本は再び外国人が驚き、手本とする社会を築くことができるでしょう。

水土里(みどり)の資源を次世代に―― 一人でも多くの方々の参加を望んでいます。