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第一章 第二章 第三章 第四章 「農」と国土の変貌
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近代化への道  前に国内の戦いは江戸時代で終ったと書きましたが、正確に言うなら、もう一度戦っています。明治維新ですね。明治維新が起こった要因はいろいろありますが、最も大きかったのは、このままでは日本が外国に占領されてしまうという恐怖感でした。当時のヨーロッパやアメリカはすでに産業革命を成しとげた強力な国家となっていました。それを象徴的に表していたのが江戸湾の浦賀沖に現われた巨大な黒船(石炭による蒸気船)でした。

  幕末の日本は、約270の国(藩)に分かれていました。当然、国内産のエネルギーも270に分かれていたことになります。これでは外国の勢力に負けてしまう。実際に薩摩藩や長州藩は単独で外国軍と戦争をし、あっけなく負けています。維新の目的は、天皇を中心とするひとつの国家に統一し、外国に対抗しうる強大な国を造ろうとするものでした。この目的は、徳川最後の将軍が政権を天皇に返したこと(大政奉還)により、それほどの戦乱もなく成功しました。しかし、「強大な国」という点では、非常に危ういものでした。

  270の藩を集めたところで、当時の米の生産高は、国内で自給するのが精一杯といった程度ですから、年貢(米 = 税金)といってもたかだか知れています。新政府を描いたある小説※1では、「わが国の歳入はわずかに1100万石に過ぎませぬ」というセリフが出てきます。この米の量を現在の金額に直せば5500億円程度でしょうか。また、明治8年頃の財政収支の資料を見ても、当時の税収は現在の金額で3000〜7000億円※2となっています。ちなみに現在の国の税収は約42兆円。大阪府の府税が約1兆円(H15年)ですから、大阪府の収入にも及ばなかったわけです。

 どういう国家を創るべきか ――― 新政府は、明治4年(1871)、激動の時期であったにもかかわらず、政府要人の大半が内政を放り出したまま2年間も諸外国を視察して回るという世界史上まれなこと決行しています。切羽詰った状況だったのでしょう。

  新政府の要人とはいっても、つい昨日までチョンマゲを結い、新撰組などと闘ってきた各地方の藩士達です。モウモウたる黒煙を上げる紡績工場、鉄道や巨大汽船、ビルディングなど、当時、重工業を中心とする産業革命の真っ只中にあった欧米先進国の繁栄ぶりを目の当たりにした驚きは、いったいどんなものだったのでしょう。

※1 司馬遼太郎『歳月』講談社文庫P228
※2 現在価格への換算は、http://www.geocities.jp/irisio/bakumatu/materials/meijiorg.htmを参照。


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