1-企業活動と生物多様性

4.生態系サービスとは

経済なくしても自然環境は存在するが、自然環境なしに経済は存在し得ない。 ― The Economics of Ecosystems & Biodiversity ―

 企業活動にとどまらず、私たち人間が自然生態系から受けている恩恵としては、まず食料、水、気候調節、自然災害の防御、土壌浸食の抑制、レクリエーションなど様々なものが挙げられます。

 2010年7月に発表された国連の研究調査「ビジネスのための生態系と生物多様性の経済学」(The Economics of Ecosystems and Biodiversity for Business)によると、生物多様性の損失による経済的影響は、年間200~450兆円に及ぶと試算しており、今後、消費者や企業、政府は、商品価格の上昇、商品や資金の調達やサプライチェーンの混乱などを通じて著しい影響を受けることになるであろうと予測しています。

 原材料の供給など自然から恩恵を受けている業種は、飲食業界、漁業関係、木材業界(建築や家具)、製紙会社、繊維業界、ファッション業界、ゴム業界、油脂会社、石鹸や化粧品などの日用雑貨業界、旅行業界などいくらでも挙げることができます。世界の企業活動は、生物多様性の恩恵に大きく依存しているわけです。

 「The Economics of Ecosystems & Biodiversity」(報告書)の中から医薬品業界の例を少し抜き書きしてみます。


  • 約半数の合成薬には自然由来の成分が使われている。そうした薬の中には、アメリカで最も多く販売されている25の薬のうち10が含まれる。
  • 現在使用可能な抗がん剤の42%が自然由来のものであり、半自然由来のものがさらに34%もある。
  • 中国では、記録にある3万種の高等植物のうち5,000種以上が治療目的で使われている。
  • 世界人口の4分の3が伝統的な自然の医薬品に頼っている。
  • アメリカでの、遺伝子資源に由来する薬の売上げは1997年には750億米ドルから1,500億米ドル(約8兆円から16兆円)に達した。
  • イチョウの木からは心臓の血管の疾患に高い効果を発揮する物質が発見され、3億6,000万ドルの売上げを出している。

(中略)近年の世界規模の研究によって、薬用植物が自然に生成する化学成分が、全処方薬の半分以上の主成分であるにもかかわらず、数百種の薬用植物が絶滅の危機にさらされていることが明らかになった。このことは専門家たちに、<世界の保健医療の未来を守る>ための行動の必要性を叫ばせることになった(同報告書P.18)。


様々な種類の樹木に寄生するヤドリギ。
繁茂が激しい場合には宿主を
枯らしてしまうこともある。

 自然から直接的な恩恵を受けていない業種でも、動物や植物の生態は様々な分野で応用されています。

 例えば、バイオミミクリー(生物模倣)。これは生物の能力を技術として生かそうというもので、古くはレオナルド・ダビンチのヘリコプター(トンボの模倣)、リリエンタールのグライダー(コウノトリの模倣)などがありますが、現代でも最先端技術として生かされています。マジックテープ(ひっつき虫)、水泳競技で話題となったミズノの水着(カジキの肌)、500系新幹線(カワセミのくちばし)、同パンタグラフ(ふくろうの羽毛)等々、生物による直接的、間接的恩恵は数え上げたらキリがありません。

 これまでの図式であった「環境問題vs.企業活動」というトレードオフの対立軸は、史上6回目と言われる生物の大絶滅を向かえるに及んで、経済活動と自然保護が、いわば利害的にも一致したというわけです。

 この関係は寄生植物に酷似しています。寄生植物(企業)が宿主(地球)から栄養を吸い尽くしてしまえば、宿主もろとも寄生種は滅んでしまうということでしょう。

 生物多様性の問題がヨーロッパで浮上してきた背景には、西洋独自の自然観なども背景としてあると考えられます。

 自然は「保全すべきものか、保存すべきものか」というこれまでの環境問題でも繰り返されてきた争点です。