2-豊かな日本の生態系

3.高度経済成長と農業の近代化

 しかし、その琵琶湖40個分の人工的湿地帯も、戦後の高度経済成長、都市化、工業化、さらにそれらに伴なう農業の近代化によって大きな変貌を遂げました。


1.戦後の食糧難対策による大規模な土地改良事業の施行

各地で大規模農業水利事業や大型の干拓事業が展開され、圃場整備や灌漑排水事業によって農村は著しく近代化された。


2.農村部から都市部への大量の人口流出

昔は、農村人口:都市人口=80:20程度であったが、戦後の高度経済成長以後、都市人口の増加は凄まじく、現在では20:80と完全に逆転した。


3.機械化農業の進展

農村の人口流出を補うように農作業は機械化され、昭和の初期から普及していた農薬に加え、戦後は除草剤も開発されるなど農業労働は飛躍的に軽減化された。


4.農業と他産業との収入格差増大

経済成長に伴なって、都市部と農村部、あるいは農業と他産業の収入格差は開いていった。国ではこの対策のため農業構造改善事業など一層の生産基盤整備を推し進めた。


5.林業の衰退と里山機能の喪失

70年頃から安い外材が輸入され、日本の林業は衰退。また、化学肥料の導入や燃料革命(化石燃料)によって里山の機能は消えていった。


6.農村部への工場移転

以前の工業地帯は都市部にあったが、次第に賃金や用地の安い地方へ移転していき、地方自治体も工場誘致に積極的に取り組んだ。


7.兼業農家の増大

地方経済の発展に伴ない、兼業農家が圧倒的多数を占めるようになった。それに付随して灌漑や田植時期など水田営農の技術も変化していった。


8.工場による公害や家庭排水による水の汚染

化学工場や重金属工場による公害問題が顕在化し社会問題となった。同様に家庭から出る排水も化学物質によって川は著しく汚染された。


9.生産調整による水田作付け面積の減少

70年代から今日まで続く生産調整により、農家の水田作付け面積は減少。米の値下がりによる転作などと相まって総体的に水田面積は減少していった。


10.レジャー産業はリゾート開発による農村部の変貌

80年代後半のリゾート開発ブームやレジャー産業の農村部への進出によって、農村部は土地利用、生活スタイル、就業構造まで少なからぬ影響を受けた。


11.農村の過疎高齢化による耕作放棄地の増大

生産調整、経営規模の縮小、離農、過疎、高齢化などによって耕作放棄地は埼玉県の面積に匹敵するまでに増大。


 これらの個々の現象による生物多様性へのインパクトは明らかになっていないとして、こうして列記するだけで動植物がその住処を追いやられていった様が想像できます。

 そして、高度経済成長や農村の近代化による生物多様性の劣化は、前項の「生物多様性劣化の要因」で述べた

a)生息地の消失
b)生息地の独立化や分断化
c)乱獲、過度の捕獲や植物の採取
d)化学的物質による環境汚染
e)外来生物種の侵入による捕食や遺伝子汚染
f)その他(温暖化や気候変動)

とも重なるところが多いことに留意すべきでしょう。

 つまり、6度目の大絶滅ともリンクしているわけです。

 日本のスズメはここ20年間で80%も減少、1960年代と比べると1/10になったという調査もあります(立教大学理学部生命理学科 三上修「日本におけるスズメの個体数減少の実態」)。すでに日本オオカミは絶滅し、日本産のトキやコウノトリも絶滅しました(現在日本にいるトキは中国産、コウノトリはロシア産)。

 環境省のレッドデータブックには数多くの絶滅危惧種が記載されており、下図のように脊椎動物、維管束植物(ジダや種子植物)の約1/4が絶滅危惧種に指定されています。


  構成
要素
生息地としての特徴 近年の環境変化
水田 水田 一時的水域(止水域),単一植生,面的広がり,営農による人為的管理(耕起,防除,中干) 都市化に伴う潰廃,農薬・化学肥料の投入,圃場整備による乾田化・水路との落差形成,耕作放棄に伴い湿地・荒地化,生産調整により畑として利用
畦畔 傾斜地では水田面積の20%を越えることも,水辺の生き物の休息場・餌場 一部は畦畔ブロック・畦畔シート化
水路 流水域,流量の季節変動大,遊泳魚の生息場所,水田との連絡 コンクリート化が進み,用水の一部はパイプライン化,用排分離の進捗
溜池 止水域,水位変動大,非灌漑期の水生生物の避難場所 用水改良事業に伴い改廃,管理放棄による環境悪化,一部で富栄養化,外来種の侵入
畑・樹園地 作付作目により様々な生態系 都市化に伴う潰廃,農薬・化学肥料の投入
農道 緑地帯として機能 畦道の消失,大規模化・アスファルト舗装化
人家・畜舎 屋敷林は鳥類・両生類など小動物の生息場所 生活雑排水・畜産排水の水域への流入
里山 かつて薪炭林,肥料源などとして利用,動物の生息地,水域に流入する落葉の発生源 ゴルフ場などの開発,管理放棄にともなうササ類の侵入など植生の遷移と荒廃

 また日本では哺乳類の15種が2007年から10年以内に50%の確率で絶滅するという予測もあります。

 もっとも、(科学界の常ですが)こうした学説には批判的な意見も多数あり、例えばJST(独立行政法人「科学技術振興機構」のサイト(Q7の3)では、1997年頃の日本のレッドリストのうち「最も深刻な絶滅危惧種(10年後に50%以上の確率で絶滅)」と判定された生き物が実際に10年後にどうなったかを示すデータを載せています。


日本に生息・生育する脊椎動物・維管束植物の約1/4が絶滅危惧種

絶滅危惧種はどれくらい絶滅するのか

絶滅種の種類 最も深刻な絶滅危惧種数
実際に絶滅した種の数
維管束植物(種子植物+しだ植物) 471 7
ほ乳類 11 0
鳥類 17 0
は虫類 2 0
両生類 1 0

 同機構は「絶滅危惧種という言葉には<明日にでも消えてしまう可能性がある生き物たち>という危機的なイメージがあります。しかし、実際には、明らかに危機が過大に評価されていることを見てきました。この背景には、絶滅の危機を過小評価することによって手遅れになるよりも、とりあえず生き物を幅広く保護し、絶滅を予防しようという考え方があるようです」とし、「人間が絶滅の危機へと追いやった生き物を人間の都合で保護することで、居場所を追われる別の生き物がいることを忘れてはいけません」と別な警告を鳴らしています。

 しかし、いずれにせよ近代において日本の生物多様性が急激に失われていることは誰の目にも明らかでしょう。

 もし水田の生態系が日本の生物多様性に大きく寄与しているとすれば、農村の衰退、あるいはTPPやEPAなど農業の国際化に伴なう水田の減少は生物多様性の面からも由々しき問題となるはずです。

 企業における生態系サービスの喪失と同様、私たちの社会も水田の持つ様々なサービス(多面的機能)を失ってしまうことになりかねません。