2-豊かな日本の生態系

5.二次的自然~地球10周分の水路延長~

 農業用水路も生き物たちの生息地、移動空間の場であるだけでなく、洪水を防ぐ役割を持っています。

 日本はアジア・モンスーン地帯に属し、毎年梅雨の時期を迎えます。夏になると台風が年に何回となく襲い、集中豪雨に見舞われます。年間降雨量は世界平均の約2倍。しかも、雨は梅雨時から夏にかけて集中しています。

 しかし、川からは頭首工(堰)を通して大量の水が水田平野に引かれるので、結果的に川の流量を減らすことになり、氾濫防止に寄与していることになります。

 また、平野に網の目のように引かれた水路には周辺の雨が流れ込むため、結果として排水路の役割も果たしています。

 70%のエリアを占める山々に降った豪雨は、濁流となって平野部を襲い、流路も定まらぬまま氾濫を繰り返してきました。繰り返しになりますが、三大都市圏である関東平野、濃尾平野、大阪平野も都市ができたのは戦国から江戸時代にかけてであり、それまでは利根川、木曽川、淀川などの一大氾濫源でした。農民たちは、そうした水浸しの土地を畦(あぜ)で囲い、太い川の流れをいくつもの川に分散させるようにして網の目のような水路を造り、何百年とかけて見事な水田平野に変えてきたのです。

 わずか25%という狭い平野に引かれた水路の長さは、合計約40万km。実に、地球10周分に相当する長さです。

 また、ため池の総数は全国で21万ヶ所。

 日本は、琵琶湖40個分に相当する湿地帯、21万ヶ所のため池、地球10周分の長さの小川(水路)を持っていることになります。

 つまり、現在、私たちが目にする自然の風景は、何世代にわたって「農」のために造られ続けてきた自然であり、いわば、人の手が加わった自然です。

 こうした人の手の加わった自然は、「二次的自然」とも呼ばれます。逆にいえば、原生林や北海道などの広大な湿地帯以外は、すべて「二次的自然」になります。

 日本の山林もごく一部の山を除いて原生林はありません。ほとんど人間が育ててきた(管理してきた)山ばかりです。したがって、日本の生物多様性は、二次的自然が支えてきたと言っても過言ではないでしょう。

 前章で「保全と保存」について書きましたが、言葉の概念からすれば日本の自然は「保全」によって維持形成されてきたものという言い方が可能です。

 しかし、「保全の思想は自然環境を人間のための<道具>であるとみなす。これに対して保存の思想は自然環境に<それ自体の価値>が備わっているとみなす」というJ・バスモアの言葉は理解できても、では二次的自然の形成(保全)が自然環境を<道具>とみなしてきた結果なのかと言われるとにわかには納得できません。

 日本には、槍ヶ岳のように「岳」のつく山が多くありますが、これはいずれも岳信仰、すなわり修験者が拓いた山と言われています。日本は古くから山を神として崇め、信仰の対象としてきました。また鎮守の森のように森全体をご神体として祀った神社も無数にあります。日本人にとっての自然は<道具>でも<価値>でもなく、自分たち自身を守ってくれる神であり、自分たちと共に生きるべき存在であったことになります。

 生物多様性条約締結国会議(COP10)で、CO2排出権取引のような「生物多様性クレジット」(生物多様性の価値を証券化して取引)「環境スワップ」(途上国の債務と引き換えた自然保護資金)「グリーン市場」(こうした環境的取引の市場)といった議論がなされているのを聞くと、居心地の悪い気分に襲われる人も少なくないでしょう。

 それは仏教の影響による東洋的自然観とそぐわないのか、あるいは二次的自然という風土で育ってきたためなのか分りません。

 いずれにせよ、私たち日本人には「共生(Symbiosis)」という言葉の方がしっくりくるのではないでしょうか。

 これは宿木と宿主の関係ではなく、例えばよく管理された間伐林のように杉も大きく育ち、中高木も低木もよく育つという共存の関係と言えるでしょう。

 日本の農村でも、すでに新しい動きが始まっています。次の章では3つの事例を紹介します。